サンセット サンライズ
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コロナ禍によって出勤形態が「在宅ワーク」になった人、多いと思います。
満員電車に乗らなくても、渋滞にはまらなくても、いちいち身なりを整えなくてもいい。
起きて飯食ってすぐさまデスクに座って仕事開始、お昼も家で適当に作って、仕事が終われば、そのまま家でゴロン。
最高ですよね。
でも俺そういう仕事じゃないんで、本当に楽なのかよくわかりませんw
一人で黙々と作業するの、果たしてやりがいがあるのか…。
今ではコロナも明けて在宅を無くす企業も増えてるみたいですが、会社と働く人とでメリットとデメリットはあるんですかね、知らんけど。
今回鑑賞する映画は、そんな「在宅ワーク」を利用して、田舎に引っ越す青年の物語。
僕は都会で暮らしていたほうが利便性が高いし、何なら映画館がないと死ぬので、田舎に移住することの意味がさっぱり理解できないんですが、移住したら移住したで色々問題もあるんでしょうね。
それでも今や地方創生はビジネスとしても活発に動いてるようなので、本作を通じて色々なことが知れたらと思います。
というわけで早速鑑賞してまいりました!!
作品情報
楡周平原作の「サンセット・サンライズ」(講談社)を、「あゝ荒野」、「正欲」の岸善幸監督、そしてTVドラマ「不適切にもほどがある!」の大ヒットが記憶に新しい宮藤官九郎を脚本に迎えたヒューマンコメディ。
都会から“お試し移住”したサラリーマン・晋作と、宮城県・南三陸の住⺠との交流をユーモアたっぷりに描く一方で、その背景にある日本や地方の社会問題と向き合った、泣き笑いエンターテインメントムービー。
「俺の家の話」でも「コロナ禍あるある」を笑いに替えてお茶の間を楽しませた宮藤官九郎は、自身の地元でもある宮城県を舞台にした作品を正面から描きたいと思い執筆。
自身も一度考えたという地元でのテレワークや、未だ忘れることはできない「震災」への考え、コロナ禍はもちろん地方の過疎化などを物語に落とし込んだそう。
そんな作品の主演には、「Cloudークラウドー」で演技での新たな側面を見出した菅田将暉。
持ち前の行動力とポジティブな性格を持っているキャラクターを、福田雄一作品などで鍛え上げられたコメディセンスを惜しみなく発揮しながら見事に演じた。
ほかにも、「カツベン!」「わたしのお母さん」の井上真央、「夜逃げ屋本舗」シリーズの中村雅俊、「親指さがし」以来の映画出演となる三宅健、「そこのみにて光輝く」の池脇千鶴、「永い言い訳」「658Km,陽子の旅」の竹原ピストル、「湯道」の小日向文世などが出演する。
都会の青年の移住を通じて、地方の人たちから何を感じるのか。
クドカンが疎外感を感じるという、震災に対する答えとは。
あらすじ
新型コロナウイルスのパンデミックで世界中がロックダウンに追い込まれた2020年。
リモートワークを機に東京の大企業に勤める釣り好きの晋作(菅田将暉)は、4LDK・家賃6万円の神物件に一目惚れ。
何より海が近くて大好きな釣りが楽しめる三陸の町で気楽な“お試し移住”をスタート。
仕事の合間には海へ通って釣り三昧の日々を過ごすが、東京から来た〈よそ者〉の晋作に、町の人たちは気が気でない。
一癖も二癖もある地元民の距離感ゼロの交流にとまどいながらも、持ち前のポジティブな性格と行動力でいつしか溶け込んでいく晋作だったが、その先にはまさかの人生が待っていた—?!(HPより抜粋)
キャラクター紹介
- ⻄尾晋作(菅田将暉)…大企業に勤める釣り好きのサラリーマン。パンデミックによるロックダウンに追い込まれた2020年、リモートワークをきっかけに東京から三陸にお試し移住する。4LDK・家賃6万円という神物件に⼀⽬惚れし、海も近く⼤好きな釣りを楽しめることから気楽な移住生活をはじめた晋作。⾃然を満喫し、新鮮な海の幸に⾆⿎を打ち、楽しく過ごす一方で、地元民との交流に戸惑う姿も。
- 関野百⾹(井上真央)…宇⽥濱町役場の企画課で空き家問題を担当している。町のマドンナ的存在であり、晋作の移住先の⼤家。引っ越してきた晋作とまさかの恋の予感も?
- 関野章男(中村雅俊)…百⾹の父。宇⽥濱の漁師で、晋作の⽥舎暮らしの世話を何かと焼いてくれる頼もしい存在。
- タケ(⾼森武)(三宅健)、ケン(倉部健介)(⽵原ピストル)、⼭城進⼀郎(⼭本浩司)、平畑耕作(好井まさお)…百⾹への思いをこじらせ、東京から来た“よそ者”の晋作が百⾹と距離を縮めるのに気が気でない独⾝男たち4人、通称「モモちゃんの幸せを祈る会」。
⼤津誠⼀郎(⼩⽇向⽂世)…晋作が務める⼤企業シンバルの社⻑。どこか⼀⾵変わった性格。
持⽥仁美(池脇千鶴)…百⾹の勤務先の同僚。おせっかいだが、みんなのまとめ役的存在。
(以上FassionPressより抜粋)
クドカンらしい「泣いて笑って」な人情コメディに期待。
ここから鑑賞後の感想です!!
感想
サンセットサンライズ観賞。クドカンにかかればコロナも震災も地方あるあるも全て上手に笑わせ、上手に世間が薄っすら思っていることを述べ、上手に落とす。
— モンキー🐵@「モンキー的映画のススメ」の人 (@monkey1119) November 2, 2024
その塩梅に惚れ惚れしながら人懐っこい菅田将暉に見惚れる。さらにメシがとにかく美味そう。タラの芽の天ぷらと刺し盛りと芋煮食いてえ! pic.twitter.com/5gFjmz44nb
クドカン初の飯テロ映画は、コロナも震災も地方創生も最小限に傷つけない笑いで楽しませ、10年経った今だからこそ本音をぶつけてスッキリさせる。
モモちゃんを見守る会の面々はホントにいそうで爆笑だったw
以下、ネタバレします。
正直どうでもいい。もう自分の事だけ考えればいいんだよ。
章男と百香が住む宇⽥濱町に東京から一人の青年がやってきたことで巻き起こる人間模様を、面白おかしく笑かしながらもセンシティブな部分にはしっかり配慮をし、言いたいことをちゃんと言うことで、心のつっかえがとれるような爽快感を得ることができる、ヒューマンコメディ映画。
2020年の3月から1年間の宮城県が舞台とあって、当時の深刻でリアルなコロナ禍が繰り広げられるのは、TVドラマでは見たことある一方で映画ではまだそこまでやってなかったのではないかと感じた冒頭。
田舎で年寄りばかりが住むこの町に、「東京もん」というよそ者がやってくることさえ警戒しがちなのに、濃厚接触やソーシャルディスタンスはもちろん、部外者がウィルスを運んでくるかもしれないという懸念から、都会住みの連中からは想像もつかないほどの徹底ぶりを、クドカンギャグで見事に笑かしていく。
劇中では「田舎の年寄りはイメージでしか考えることができない」という痛烈な言い回しがあったが、幾ら何を説明しても到底理解はしてくれないことの最たる理由は、固定観念やイメージによるものだとツッコむのがさすがクドカンというところ。
とはいうものの、隣人のおばあちゃんやなんでもかんでも監視しがちな村社会を代表するかのようなじいさんは、彼が東京もんだと分かってもそこまで警戒することはなく、むしろ「引っ越し祝い」だの「物々交換」だの、案外フレンドリーな一面があるから憎めない。
しかしそうは思ってない連中もちゃんと登場する。
それが「モモちゃんの幸せを見守る会」という、アイドルの追っかけでもそんな会ねえよ!という面々。
かつてモモちゃんに告白したものの見事に振られた独身男性4人は、ケンが経営する小料理屋に毎日集い、東京もんの情報収集からモモちゃんのその日の気分に至るまで、欠かすことなく共有していく。
普段の東京もんなら、人見知りがどうとかコミュ障だとかが発症し、こうした田舎の面々と接しにくいだろう。
しかし、そこは映画。
コミュ力が高く、愛想もいい、同僚からも一目置かれるような主人公だからこそ、地元の人たちの一癖ありつつも暖かな交流が描かれていく。
そもそもコロナ禍によって東京がどうなっていくかを先読みし、やや見切り発車で田舎に引っ越すという行動力、さらには夜中の4時半に大家である百香にひたすら交渉メールを送る無神経で罪悪感ゼロなZ世代特有の図太さがあるからこそ成し遂げられる移住だろう。
そんな主人公・西尾は、宇⽥濱町の料理に毎日舌鼓を打つ。
1キロ1000円の生ガキにタバスコをかけて一口で啜る姿をZOOM飲みで見せつけたかと思えば、自分で釣った魚を捌いて酒のアテにしたり、さらには百香の手料理を義父と共に堪能するなど、とにかく地元の料理に惹かれていく。
海釣り好きが高じてたどり着いた移住は、西尾にとって「幸せ」そのものだったに違いない。
しかし、物語はそう「幸せ」続きとはいかない。
東日本大震災で甚大な被害を受けた町には、未だに傷跡が残っていることはもちろん、百香にも西尾には打ち明けられない「過去」がある。
西尾も見守る会や章男の話を聞きながら、「もしや…」という思いが脳裏をよぎり、楽しくて幸せなのに、どこか「せつなさ」がこみ上げてくる。
それは百香への思いも重なるからこそ拭えない想いであり、今住まわせてもらっている「4LDK 家賃6万」という破格の物件であるにも関わらず、百香の「過去」がほのかに残っていること、また地元の人たちに根掘り葉掘り聞けない震災に対する配慮など、実際に直接被害を受けていない都会民だからこそ、センシティブな部分が十二分に移住を楽しめない要因として押し寄せてくる。
本作は西尾や百香の中に潜む「せつなさ」と同列に、空き家に都会の人を移住させる地方創生プロジェクトによって、親の逝去によりどう実家を処理するかに悩む子供世代の「せつなさ」も重ねていく。
西尾の隣人のおばあちゃんが亡くなった後、空き家再生プロジェクトへの同意に応じる息子との細かいやりとりを映す。
そのまま引き継いで良い家具や家電、捨ててほしい物などを選別する確認作業の中で、息子は両親と住んだ頃の思い出に徐々に浸り、空き家を誰かに貸すことに対して躊躇していく。
年に1,2回しか帰ることしかない実家だったにもかかわらず、プロジェクトへの参加を断念する人たちの理由は「思い出」である。
その思い出に他人が足を突っ込むことに戸惑うのだが、西尾は会社の名を受けて何とかできないかと模索していく。
さらに、都会に住む西尾が「正直震災の事なんかどうでもいい」という大胆発言によって、新たな「せつなさ」が引き出されていく。
確かに震災の傷跡はまだ癒えないが、それは当事者にしかわかり得ないこと。
そこに関していつまで部外者が配慮すればいいのか、ほとんどの人が前に向かっている中、いつまで「触れてはいけない過去」として扱わなくてはいけないのか。
そこへケンが追いかけるように言う。
「今まで東京の人は東北を見向きもしなかった、でも震災によって悪い意味としても注目されるようになり、皆がこの地を訪れる度に申し訳なさそうに謝る。しかしもう俺たちは前を向いて歩いている、ずっと見てくれなくていい、しかしたまには遊びに来たり見てもらえたら、それでいい。」と語る。
たまに見てくれれば、たまに気にしてくれれば、そうした東北の人たちの思いと、都会に住んでいた故に抱く思いが、切なさの余白を作ってしまう。
ならばどうすればいいか、そう、皆が「自分の事を考えればいい」という考えである。
勝手なことかもしれないが、もう当時から10年以上も経っている。
あの日起きた傷は決して消えないが、もっとワガママでもいいのかもしれない。
そして「たまに気にする」行為は、空き家再生プロジェクトにも生かされ、リフォームした家にしつつ、思い出をしっかり残した状態にし、持ち主が帰省する際だけ持ち主に返すという条件で受け入れるという、新たな地方創生として活性化を図っていくというところに着地する。
ラストには「おもいでのアルバム」が流れることで、思い出せば決して忘れることはない人間の記憶をセンチメンタルに演出する役目を担っており、桃香もまた死んだ人の思いを引きずるのではなく、たまに思い出すことで忘れないようにしつつ、前を向いて歩いていく姿が映し出される。
海の幸 山の幸 ご当地料理
震災もコロナももはや過去だが、未だそれによって人生を狂わされた人もいるわけで、なかなか難しい線引きかもしれないが、どうか癒えない傷を抱えつつも人生を踏み出してほしい、そんな映画だったかもしれません。
と、堅苦しい話は置いといて、ここからはいかに本作が「飯テロ」なのかを語りたいと思います。
とにかく海の幸がてんこ盛りなのが本作の魅力。
正直魚には詳しくないけど、出てくる料理全てが旨そうで、そのくせ酒飲みにはたまらない一品料理が絶えることなく登場するのだから、腹が減る。
上でも書いたが、まず西尾がリモート飲みで飲むのが生ガキ。
タバスコをかけて一気に飲み干す菅田将暉の表情ときたらもう!!
レモンも忘れんなよ!と。
その後も、ヒラメのカルパッチョをふるまう西尾に「そんな食い方許さねえ!!」とダメ出しを言う章男だったが、初めてのカルパッチョに舌鼓を打つ表情もたまらない。
ほかにも切込という料理が登場。僕は食べたことがないんですが、調べてみると、生の魚を細く切り刻み、塩と米糀、鷹の爪などで漬け込み発酵・熟成させた、塩辛に似た北海道・東北地方に伝わる郷土料理、とのこと。
これを桃香が自宅で晩酌のお供として章男や西尾にふるまうシーンがあったかと思えば、憧れのマドンナの切込をすでに食べていたことに憤慨した「見守る会」の連中が、東京もんに「とどめ」=(多分虜にさせるという意味)で差し出す切込には、どうやら白ワインとの相性がいいらしく、西尾はまさに「とどめ」を刺されたようなご満悦な表情を見せ、観る者の腹をさらに空かせる。
ほかにも、メカジキの肉の部位が楽器に似ていることから「ハーモニカ」と呼ぶそうだが、それを両手でガブっとほおばる姿もたまらない。
さらに、モウカノホシというサメの心臓をゴマ油とニンニクを挟んでつまむ刺身に至っては、あまりの鮮度命のため、なかなかお目にかかれない代物だという。
まだまだ料理はとどまることを知らず。
山菜採りに出かけた際には、東京ではめったに見ることのない大きさのゼンマイが無数に育っており、それを夜通しつけておひたしにしたり、タラの芽の天ぷらも塩でいただくなど、山の幸もちゃんと登場。
何か揉め事が起きれば「芋煮」を囲んで腹割って話し合うという伝統の下行われる「芋煮会」では、ケン曰く「シメジが入ってないことで味がぼやけるからやり直し!!」と豪語するほど,シメジ抜きの芋煮はありえないようで、なぜかクマが勝手に鍋にシメジをぶち込んだ後の芋煮は格別だった様子。
こんなにうまいもんばかり食べてたら、100%太るよと思った人に朗報。
撮影中菅田将暉はこれで7キロ太ったそうw
最後に
やはりクドカンといえばユーモアセンス。
西尾と桃香の初対面のシーンでは、ソーシャルディスタンスや濃厚接触を避けるための距離感で会話をしたり、海釣りにやってきたカップルのダウンジャケットを「アニエスベーの新作か?」と尋ねた章男だったが、アニエスベーのマークが実は魚のえさとして用意していたミミズだったというネタ的笑いも健在。
ほかにも、社長がちゃっかり乱入していたリモート飲みのシーンでは、仕事の話になるにつれ社員たちが徐々に退室してく件や、上司の映像が固まるハプニングといった、「コロナ禍あるある」も冴えわたってます。
中でも最高だったのは「見守る会」の連中。
桃香に幸せになってもらうために「願う、見守る、祈る」の3原則に沿って応援するという一見過激なストーキング集団だが、結束を高めるために敏いとうとハッピー&ブルーの「わたし祈ってます」を歌い上げたかと思えば、東京の連中をさんざん愚痴ったくせに、いざ目の前にするとヘコヘコしてしまう姿、さらには西尾を山に置き去りにしてしまったお詫びに訪問すると、桃香がキッチンで料理をふるまっていたことに驚愕。
何かと二人のうわさを耳にしていた4人だったが、さすがの目撃には絶望したのか、西尾にヘッドロックをお見舞いするなど憤慨。
とにかく物語の中でかき回す存在として、笑いを提供してました。
ちなみに彼らは原作には登場しないキャラらしいですw
まだまだたくさん笑えるシーンがあるんですが、くだらなくて笑える箇所ばかりなので、瞬間でしか覚えてないというw
基本クドカンの笑いって、わかりやすい「逆」をつくのもあれば、明らかに深夜の勢いで思いついたかのようなギャグやネタが多く、本作はそのオンパレードなので決して飽きません。
腹が減るし、笑えるし、しかもしっかり人情で落とす。
この3原則をきっちり守りながら、キャラの表情を的確な角度から捉えて描写する監督の腕、そして忘れちゃいけない「三陸沖の自然」の良さを余すことなく見せる光度の高い風景。
田舎に住んでみたいな~と思う人も多いかと思いますが、西尾くらいアグレッシブで人たらしじゃないと難しいかなと、僕は思いましたw
そして今僕は、うまい魚の店を模索中という、映画の罠にはまっておりますw
というわけで以上!あざっした!!
満足度☆☆☆☆☆☆★★★★6/10